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Sep 10, 2020

三年前のきのう撮った写真をもとに、地元津田沼の歴史の片隅を紐解く。

それは、船橋市東部公民館の「津田沼今昔写真展 PART IV」で撮った一枚目。
半世紀前、「津田沼駅北口土地区画整理事業」が始まり、まだ「津田沼デパート戦争」前夜だった昭和四十五年頃の国鉄津田沼駅
北口界隈を描いた絵地図。右端寄りの中央、国鉄線路沿いに、現在地とはやや異なる立地だった髙山寫眞館(当時は「高山写真店」
だった)。
船橋市と習志野市の市境が水平になるよう、時計回りに130度ほど回転させると、通常見られるノースアップの地図になる。

二枚目は、五年前、津田沼へスカッシュしに来たミスター・ニコンと邂逅した「津田沼駅開業120周年 駅の歴史写真展」で撮影した
昭和四十四年、駅前ロータリーなどなかった北口からすぐ右斜め方向へ真っ直ぐ新京成の踏切まで伸びていたアーケード商店街。三年前
の東部公民館では、区画整理が進行中だったこの数年後、アーケードと古い商店の背後に聳え立つ白亜のPARCOという構図の、見事な
対比のカラー写真も目にしたけれど、それは撮影お断りだったせいなのか撮っていない。
昭和五十五年十月、まだ(四十年も経たずにズタボロな)空中歩道のなかった北口広場が、まるでB級グルメ市会場のようになっている
モノクロ写真
も拾ったが、東部公民館で目にしたカラー写真は、こんな程度じゃなくカオスだった。<「じゃなく」を人生初使用!笑
https://smtrc.jp/town-archives/city/tsudanuma/images/07-02-01.jpg

三枚目は、ミスター・ニコン邂逅と同じ日に撮った、昭和四十七年十二月のバスターミナルから見渡した北口駅前。総武快速線開業後と
思われる駅舎は現在に近い姿をしているが、注目すべきは、横断歩道を渡る母子を待っていると思しきクジラクラウンタクシーの行灯のすぐ
左上。TIFFで拡大すると「高山写真店」と読めなくもない看板が見える…が、JPEGではムリ、笑。左から二台目の黒クジラクラウンタクシー
の屋根上に見える「三陽」の看板は、一枚目の地図では駅の真ん前、商店街入り口左角に店を構えていた「喫茶三陽」。今や、PARCO
ビルに取り込まれて店子となったか、それとも地権は手放さず母屋を貸してるかは知らねど、A館入口右手の二階に「Sanyo」として
収まっている。PARCOビルの休館に左右されず一階からも出入りできることから、後者かも知れない。今や津田沼でも数少なくなった
「愛煙家に優しい純喫茶」。

四枚目は、やはりミスター・ニコン邂逅の日に撮った、昭和四十三年頃の「高山写真店」が辛うじて写っているかも知れない北口線路沿い。
総武線各駅停車のカナリアイエロー101系が、上り線と下り線の両方に見える。

五枚目は、ネットから拾った、戦前あるいは戦中の「陸軍御用 髙山寫眞場」。現在地よりさらに駅前に近かったと伺っている。二度の移転
を経て現在地にあるらしい。

1st Shot : On September 9th, 2017, SONY Xperia XZ
2nd, 3rd and 4th Shots : On September 12th, 2015, Nikon Df and Ai Nikkor 28mm F2.8S

#tsudanuma #maebaranishi #maebarahigashi #髙山寫眞館 #高山写真館 #高山写真店 #髙山寫眞場

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