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Nov 07, 2013

そうそう、後藤さんのハナシが聞きたかったんだ。

ニコンDfの発表会で後藤哲朗氏が企画説明「肩の力を抜いて、写真に専念するカメラ」 - デジカメ Watch

「肩の力を抜いて、写真に専念するカメラ」(後藤氏)


 後藤研究室は日頃、製品や技術に関する提案を行なっており、ルーチンの機種開発にも助言す
るという。また、ユーザーの声を聞く活動もしているそうだ。その活動の中で、昨今のデジタルカメ
ラは「どれも右へならえで、ロゴを隠せばみな同じ」と感じ、(カメラに)“使われ(ている)感”、があ
ると考えていたそうだ。撮影枚数や歩留まりを意識するなら通常のデジタル一眼レフカメラでいい
が、今回の機種はちょっと違うと話す。

 今回の新機種(後述のニコンDf)は2009年の夏に検討を開始。研究室であっというまに製品の
見た目も決まったそうだ。

 Dfのイメージを「D4やD800などを忙しく使っている方でも、日曜日はこれを提げてふらりと出かけ
て欲しい」と話す後藤氏。2009年の秋には実現性の高いスケッチが出来上がり、デザイナー有志
と精密なモックを作成した。

 そして社内で反応を聞いて回ったところ、後藤氏が「30年やっていて、ここまでまっ二つに分かれ
たのは初めて」と語るほどの賛否両論だったと話す。“後ろ向き”、“アナクロ”、“そんなに暇ならも
う1機種つくれ”などと言われる一方で、賛成意見も強かった。「工場も含め写真を撮っているメン
バーからは大賛成。ぜひ開発したいというメンバーがあった。上層にも協力な賛同者があり、なん
とか開発できた」と語る。開発は、自然災害や大物(D4など)を開発するミッションもあり、通常より
長くかかったそうだ。


ニコンF誕生五十周年だった2009年暮れ、フジヤカメラ主催の後藤哲朗氏特別講演会で、ハナシのマクラに後藤さん
は次のような主旨のことを言った。

「私がサービスをし過ぎて、言ってはいけない事を言ってしまうということがあるらしく、その時は私を羽交い締めにして
ここから引きずり出すために、会場にニコン関係者が大勢控えてます(笑)」

…「言ってはいけない事」の中にはきっと、このDfが含まれていたのだろう。このカメラの企画立ち上げに大立ち回りの
最中だったはずの後藤さん、そんなことはおくびにも出さず、実に淡々かつ飄々と語り、口を滑らせることはなかった。


ニコンF発売50周年記念 後藤哲朗氏特別講演会 歴史は写真によって記憶される
「Fから50年目の挑戦 栄光 現場 ―そして未来を語る―」 講演録 - フジヤカメラ

今年はF発売からちょうど50年、Fマウント50周年。
それからニッコールレンズの生産本数が累計5,000万本を達成致しました。おかげさまでニッコ
ールレンズは、毎年400万本ずつくらい増えています。
このように50がたくさん揃っておりますので、会社でも何か大きなイベントができると良かったので
すが、現在の経済がこのような状況でもあります。ニコンの映像カンパニー自体は利益をあげて
おりますが、他のカンパニーが大変苦労をしておりまして、せっかくの50年であるにも関わらず、
何も豪華な事ができないことを非常に残念に思っておりました。そう言うところにフジヤカメラさん
が今年の夏、「ニコンFマウント誕生50周年記念大回顧展」をやって下さいました。これはニコン
にとりまして本当にありがたいお話でありました。講演を依頼されたときに断る理由など微塵もあ
りませんので、今日ここに伺ったとそういう次第でございます。


結局このときは、後藤さんの淡々かつ飄々としたプレゼンが予定時間を大幅に超過し、当初予定されていた質疑応答
の時間が取れなくなったため、その代わりとして"アポロカメラ"「ニコン フォトミックFTN NASAモデル」のお披露目と
「おさわりだけはご勘弁ください…」撮影会で締め括られた。そもそも、羽交い締めを招きかねないような場面自体が
なかったのだ。そういうことも見越してのあの日の進行だったのかもしれない…と、今にして思う。


デジカメ Watchの後藤さんのハナシに話を戻す。

「売れれば、またできる」(後藤氏)

 質疑応答では、Dfの製品化で苦労したポイントについて後藤氏が「自然災害などあり、開発の予
定も狂った。沈静化まで時期を待った。また、D4やノンレフのNikon 1も同時に立ち上がっており
ヒト、モノ、カネを集めるのに大変苦労した」と話した。図面上や生産上の苦労もあったものの、
何より進行が一番の苦労だったという。

仙台ニコンあるいは水戸ニコンで生産する前提だったのが、大震災の影響などで足踏みを余儀なくされたということ
なのだろう。


十数年前に現行一眼レフカメラへ装着することすら見限った非Aiニッコールレンズの面倒を今頃になって再び見ると
いう、"不変の"Fマウントを標榜するメーカーゆえに許される(笑)ブレ幅の大きさってどうよ?…とか、カメラそのものの
アラだとか、色々ツッコミどころはある。けれどいずれにせよ、こんなご時世にこんなカメラを、後藤さんをはじめとする
ニコンという企業が世に出したことには喝采を送りたい。


 また、Dfの満足度について尋ねられた後藤氏は、「正直、次に何をするとわかってしまいそうなの
で答えられない。F3からD3まで担当したが、いわゆる『あすなろ』で、“次はやるから今回はカンベン
ね”、の所存なので、担当したカメラに一度も100点をつけたことはない。今回もとても及ばない点が
ある」とコメント。また、「(Dfが)予定通り・予定以上に売れてニコンブランドが向上し、反対派がいな
くなれれば、またできる。そのときはやりたい」と抱負を述べた。

…売れて欲しいね、是非とも(笑)

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