青山ロックンロールショー 2009.5.9 オリジナルサウンドトラック [Disc 2]…再びかみたびかよたびか
先週末深夜にTVをつけたら「The COVERS」で関ジャニ∞の渋谷すばるが、「スローバラード」を
自らの歌として見事に唄い上げていた。
鈴鹿ひろ美リサイタルの「潮騒のメモリー」のときのようなカタルシスを覚え、それ以来久しぶりに清志郎を
ヘビーローテーション中。
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先週末深夜にTVをつけたら「The COVERS」で関ジャニ∞の渋谷すばるが、「スローバラード」を
自らの歌として見事に唄い上げていた。
鈴鹿ひろ美リサイタルの「潮騒のメモリー」のときのようなカタルシスを覚え、それ以来久しぶりに清志郎を
ヘビーローテーション中。
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Konihood (Konica Rectanglular Metal Lense Hood 45.5mm), OLYMPUS G.Zuiko Auto-W 25mm F2.8 and PEN-FT
21:09 on October 29th
F4.0, 1/28, ISO 400, RICOH GXR with GR LENS A12 50mm F2.5 Macro
きのう、通院帰りの飯田橋駅で先に来た電車に乗ったら、中野に着いた。
フジヤのジャンク館で見つけたカブセ式角型メタルフード。タテ使いで25/2.8にぴったり(…のはず)。
冒頭のリンク先通販価格の四掛けだった。
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MRI画像を見る限り軽度のヘルニアで、現在の治療と服薬以上に新たな何かを施す必要なしとの見立て。
素人目にも春先に見えたぐにゃぐにゃが殆どなかった。それは装置による写りの違いか、或いは半年間で回復した
とも考えられるが、画像と痛みとの相関はまた別、困ったときには再来されたしと。
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On October 20th, 22nd, 25th, 26th and 27th; but frames of the last three days were "air shots".
OLYMPUS PEN-FT, G.Zuiko Auto-W 25mm F2.8, F.Zuiko Auto-S 38mm F1.8 and FUJIFILM (業) 記録用
カラーフィルム ISO 400 (may be equivalent to FUJICOLOR SUPERIA X-TRA400),
scanned with OpticFilm 7600i Ai
25/2.8撮り下ろしの薄暮の有楽町で、絞り開放1/15秒で撮影したコマの写りの甘さが、我が手振れやピン決めゆえか
それともレンズゆえなのか判別がつかなかったため、38/1.8で絞りを開けることを意図したときとは逆に、今度は絞り
込める局面が多くなる高感度フィルムに詰め替えた。
おかげで、光の状況で絞ったり開けたりを経験でき、絞ると締まった写り、開けると全体的に甘い写りという…つまり
正常に写るレンズであることが分かった。とても安価に入手できるにも関わらずよく粘るフィルムと相まって、明暗の
コントラストやその間をつなぐ諧調の出方は、僕の好みに合っている。35mm判で35mmレンズ相当の画角も心地よい。
それはよかったのだが、手持ちの高感度フィルムであるフジの「(業) 記録用カラーフィルム ISO 400」には36枚撮りと
24枚撮りの二種類あり、うっかり前者を装填したと思い込んだのが、「最後の三日間が空撃ち」となる結果を招いた。
北口イオン屋上から三山タワーを背後に戴く我が町を望んでぱちりぱちり、何となく「ひと区切り感」を覚えた時点で
ちょうど50枚目辺りに達していたわけだが、さらに巻き上げが出来たことに何ら違和感は覚えず、そのとき手応えに
変化が生じたかどうかも記憶にない。一方、そのときフィルムのパーフォレーションは破断し、再びレンズを35/1.8に
戻して持ち出した週末三日間で撮ったつもりのおよそ20コマは、全てスプロケ空回りの空撃ち…というか、最終コマの
三分の二ほどの部分に多重露光されている。…もちろん、フィルムでも撮ったつもりの妖精の皆様も。
念のため何度も調べたが、折れ曲がって欠け残った以外のフィルムの断片は、カメラボディからは出てこなかった。
それにしても、カラでも重い巻き上げ感触に惑わされたのはさておき、パトローネ側の巻き戻しクランクの動きに全く
注意を払っていなかったとは。
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19:28 on October 26th
F2.5, 1/164, ISO 400, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 35mm F2.5 PII
19:31 on October 26th
F2.8, 1/310, ISO 400, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 35mm F2.5 PII
19:33 on October 26th
F2.8, 1/203, ISO 400, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 35mm F2.5 PII
19:34 on October 26th
F2.8, 1/290, ISO 400, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 35mm F2.5 PII
19:34 on October 26th
F4.0, 1/90, ISO 400, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 35mm F2.5 PII
昨秋までの総集編はコチラから。
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「昭和の後藤寺 - Yahoo!検索: umblog」 - Google Image Search
アクセスログから辿った、誰かによるイメージ検索結果で表示された、他人様のサイトで見つけた後藤寺の
今は亡き原風景のボタ山。
…最近、以前とは違ってこういう形で画像が表示されるようになり、ページ名を示す太書きの一行下の右端、
「画像で検索」をタップすると、次のような画面に遷移するようになった。
以前のようにテキストをキーワードにして引っ掛かったサムネイルがずらっと並ぶのではなく、下半分に
「類似の画像」が数点表示され、さらに左下の青文字の「類似の画像」をタップすると、以前より大きめの
サムネイルが並んで出てくる…といった塩梅。今回は、モノクロの似たようなコントラストで、構図の中央に
突起物状の被写体のある画像が出ているようだが、ビキニ環礁あたりの核実験の水柱とキノコ雲には吃驚。
これは、文字どおりの「イメージ検索」になりつつあるということなのか?
以前のように、検索者の意図していたキーワードに便乗して思わぬお宝画像を見つけさせてもらうことは
叶わなくなるのだろうが、また違ったメリットが見つかるかもしれない。
以上、Android(Nexus 7 2013)のChrome 30による結果。
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アクセスログから辿った、誰かによるテキスト検索結果。とりあえず冒頭に出てくるコレを、後で要チェックだ。
083.津田沼駅北口 - 空からバス路線を見てみよう - うさぴょんみもみ
津田沼駅についてです。書くことが多いので、北口と南口に分けます。まず北口からです。
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北口イオンすぐそば、「今夜満開。9時半から3時まで見頃です」といった、その咲き時を道行く人に知らせる
看板を立て、当夜はお庭まで開放している月下美人の見事なお宅の鉢植えが、悉く横倒しになっていた。
何事かと近寄ると「風が強いので横にして有ります」と看板が。
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「オリンパス・ペン」の挑戦 - 米谷美久 - クラシックカメラ選書 26 (朝日ソノラマ) and OLYMPUS PEN-FT
with G.Zuiko Auto-W 25mm F2.8
18:20
F5.6, 1/17, ISO 200, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 21mm F4 P
密林で見つけた開発者本人による十一年前の著書は、かつての岩波文庫のような薄いハトロン紙のカバーに包まれ
届いた。
ペンFシリーズに割かれた頁は全体の三分の一ほどだが中身は濃く、特にロータリー・フォーカルプレーンシャッター
開発過程の試行錯誤に関する記述が目を引く。
使っていてつい物足りないと感じてしまう最高1/500秒のシャッタースピードを実現するべく、当時は甚だ高価だった
チタンの4/100mm薄板の切り売りを大手金属メーカーと交渉するも成立せず、1トン分のロールで買う羽目になった
ことだとか、さらに幕速を上げるための軽量化策として、幕の強度を維持するため放射状に残した「リブ」部分以外を
1/100mmだけ薄くする「肉抜き」を、塩酸・フッ酸などにより腐食させて行ったことだとか。
1982年に日本光学がNikon FM2で最高1/4000秒を実現した際、「チタン幕をハニカム状にエッチングして軽量化」
と大きく宣伝していたが、それより二十年も前に、同様の技術で先鞭をつけていたことに瞠目する。
畏るべし、高千穂光学工業。
通常は黒いのが当然なはずのシャッター幕が無垢のチタン色をしている理由も記されていた。黒くするための塗料の
僅かな重さが加わるだけで幕速が落ちる一方で、当時の技術では黒色にする方法が見つからず、やむなく幕のラップ
量を増やして漏光を防ぐようにしたから…とのこと。
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確か同い年の松田洋治の語りが快活な今夜の「世界ふれあい街歩き」はタヒチ。恥ずかしながら街歩きのできる
ような「街」があるとは思いもよらず。…なぜか辻々で、P系のベスパらしきスクーターを多く見かける。
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リハビリマシーンNUSTEPで漕ぎ歩くペースは、今のところ毎分16歩くらいがちょうど良いみたいだ。
そうやってきょうは、歩きの方は脚の動きと体幹の姿勢維持に気配りするに留め、漕ぎの方で腕伸ばしや
胸筋腹筋に注力、左脚ガクガクブルブルを回避した。
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On October 16th and 19th
OLYMPUS PEN-FT, F.Zuiko Auto-S 38mm F1.8, G.Zuiko Auto-W 25mm F2.8 and FUJICOLOR REALA ACE 100,
scanned with OpticFilm 7600i Ai
#前回、スキャナドライバのフィルムパラメータが"Fuji Superia 200"のままだった。今回三年ぶりに"Reala 100"に設定。
朝イチ飯田橋をキャンセルする羽目になった台風が遠ざかりつつあった10/16水曜午後の零時半五分前に滑り込んだ
船橋整形外科のリハビリを終えて外へ出ると、そこにはやはり、劇的な吹上の空が広がっていた。10/12土曜よりも早い
時間帯だったにも関わらず、低い斜光線に描き出されるバス停と空と雲。…ただ、ヨコ構図の空に写った雲には、こんな
黒ずんだ部分はなかったはずだと思い、スキャナドライバとPhotoshopElementsの両方であれこれ試みたが、こうなった。
もしかしたら、僕の記憶違いだったのかもしれない。
10/19土曜の昼下がり遅く、自宅マンションを出た途端、小さな雨粒がぽつぽつと落ち始めた。津田沼駅行きバスに乗る
までに頭頂部がややしっとりするほどの降り方だったが、終点降車場に着いて駅まで歩く頃には弱まっていて、やってきた
総武快速でスタンバったドア車窓にも、目立つ雨滴はひとつだけだった。
沢山の雨滴が窓ガラスに付いて斜めに筋を引いているような「前景」に居合わせられなかったことはさておき、絞り開放
じゃなくて、F2.0かF2.8まで絞ってカメラを構えておくべきだった。的外れだったのは、狙いどおりにならなかった後ろボケ
のことであって、タイミングはどんぴしゃだったのだから。
そして今回、スキャナドライバのダスト・スクラッチ除去機能で救えなかったいちばん酷い擦り傷は、この40~41枚目付近
の、膜面ではなくベース面の方に刻まれていた。一方、フィルムの終端部は無傷だった。
再々開発された有楽町駅界隈で80年代半ばから変わらず…どころか、そのずっと以前から変わらずそこにある東海道
新幹線高架線路と橋脚に目を留めてぱちりぱちりした後、マリオン裏を抜けて銀座教会上を目指した。
期待と不安とが相半ばする心持ちでエレベータで引き上げられた八階のショーケースの一角に、二週間前と同じくペンF
シリーズ用交換レンズが並んでいた。狙いをつけていた25mmF2.8(35mm判で35mmレンズに相当する)を取り出してもらい
十分近く矯めつ眇めつした後、ようやく引取りを決意。その場で、38mmF1.8から付け替えた。
薄暮の数寄屋橋界隈へ出て有楽町駅へ向かう。すると、マリオンの先の高架線路越しに、やはり当時と変わらず有楽町
電気ビルが顔を覗かせていた。だが、一階にアメリカンファーマシーが入っていた、輝く空色タイル張りの日比谷パーク
ビルヂングはとうに姿を消したと聞き及んでいたし、日比谷映画館街入り口に戦前から屹立していた茶褐色の三信ビル
にも今更期待はできまいと割り切り、それ以上先へは歩を進めるのをやめて駅方面へ折れると、フルーツ百果園の白い
看板が浮かび上がっているのを見落としていたことに気づく。…新宿東口アルタ脇のお店も健在だろうか?
銀座教会を出てからは、絞り開放F2.8、1/15秒で撮るほかなかった。プリントを見たときよりはマシだが、やや鮮明さに
欠けた写りなのは、絞り開放ゆえか、それに手振れも加わってのことか?今は再び(業) 記録用カラーフィルム ISO 400
を詰め、絞り込んだ場合の写りがどうなるか検証中。
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リハビリから「#あまちゃん岩手をゆく」六本一挙放送に間に合った。
録画もしていたが、レコーダの仕様上連続した番組録画の場合前のお尻が切れるため、リアルタイムで見たかった。
それにしても天才肌な能年玲奈のスイッチの入り方。昨夜特集してた大竹しのぶの再来となるか。
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吉田拓郎YOKOSOにずっと視入って…というか聴き入っていた。
TV初対談の小田和正の淡々としたストイックさは、彼が還暦のときに瞠目し初めて凄いなと感じた六年前のまま。
拓郎もボイトレの成果で昔はムリだったG#の音域が出るようになりつつあると。素晴らしい。
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On October 12th
OLYMPUS PEN-FT, F.Zuiko Auto-S 38mm F1.8 and FUJICOLOR REALA ACE 100,
scanned with OpticFilm 7600i Ai
先週の土曜、四週間ぶりの東船橋病院へ、初めてクルマで向かった。
成田街道を東進し、目星をつけていた習志野台団地入口ではなく郷土資料館前交差点から左へ折れるように案内する
カーナビに従って角をいくつか曲がるうち、北習志野駅から通ったバスと同じルートに乗り、十五分ほどで到着した。
急患入り口前に救急車が停まっていたが、左耳だけイヤホンで「Ziggy Stardust」を一回通しで聴く間に主治医が救急
処置室から姿を現し診察室へ入るのが見えた。それから程なくして名前を呼ばれ、この四週間のカラダのあれやこれや
を語る。痛みや強張りといかに共存してゆくかについてはともかく、七月の退院以来けいれんを発症していないことから
次回の診察は八週間後と相成った。今回は受付から会計終了まで二時間余り。三時間無料の駐車券をもらったので、
小一時間は潰せる。退院以来結局一度も足を向けていない三階へ上がり、病棟やリハビリのスタッフに顔見世しようか
…とも考えたのだが、薬局で受け取った56日分のフェノバール錠を鞄の奥底に収めると、やはり団地へ向かっていた。
前回初めて目にした「分譲・売却・民営化に反対」を訴える色褪せた赤い幟がさらに褪せゆくのと、病院の前に拡がる
この光景が変貌するのと、どちらが先になるか?…と気を揉んでいたが、商店併設のテラスハウスの背後にボックス型
ポイントハウス群が健在なのを認めて、ホッと胸を撫で下ろす。八月に蝉時雨を降らせていた二本欅の傍ら、いちばん
手前に建つ棟に近づくと、思っていたよりも広々として起伏に富んだ叢に囲まれ、もちろんカネタタキが鳴いていた。
それにしても、いつ来ても歩いている人をあまり見かけない高根台団地。登場人物も被ってしまうのか?上から二枚目に
写った少年二人連れは、もしかしたら、前回、このポイントハウス群の立ち並ぶ間のS字カーブを自転車で駆けていった
あの二人なのかも…と妄想してみる。
病院駐車場へ戻り精算。案の定無料駐車時間を超過、百円追金が必要だった。第二の通院先船橋整形外科をカーナビ
の目的地に設定して走り出すと、今度は何か迷ったような塩梅。団地のまだ足を踏み入れたことのない一角を態々迂回
してくれていたとき、開けた窓から、ひと夏数え間違えてしまったらしいアブラゼミの鳴く声が飛び込んできた。
その、スタート直後の謎の迂回の後は、順当に飯山満方面へ抜けるルートに入り、渋滞もなく吹上の丘へ到着。
東船橋病院受診と重なったため遅い時間にシフトしてもらったリハビリ終了後、吹上から西へ開けた空がダイナミック
に暮れゆくのをぱちりぱちり。レンズが案外逆光に持ち堪える一方、終端に近づいたフィルムの膜面に巻き上げ時か
巻き戻し時の擦り傷が刻まれてしまうことがよく分かった。フィルム装填時のひと手間に続き、さらにノウハウ蓄積。
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今朝9時から飯田橋で受ける予定だったMRI診断と治療方針説明は、ウィパー台風のため身動き取れず本日は
叶わず。
仮に午前中に病院に辿り着けば受診出来たが流石にムリ。午後は手術で手一杯。受診は再来週。
昨夕の予行演習は結実せずとも刻限五分前に船橋整形外科到着。
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#あまちゃん総集編を録画しつつ結局通しで見た。
以前の朝ドラ総集編はブツ切り編集の粗筋だったりしたが、今回重要な細部は丁寧に拾われ改めて物語を楽しめた。
でも、85年の白いニセ大展望台の代わりに車内の太巻の「アホんだらアホんだらアホんだら」が見たかった。
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ちょうど五年ぶりのハイ・カット。
13:44
F4.0, 1/6, ISO 200, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 21mm F4 P
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最高1/500秒のシャッターで絞りを開けて撮りたくて、手持ち在庫フィルムにASA100がないか漁ると、来年二月が
使用期限のリアラエース100が6本出てきた。
今度はオーバーパーフォレーションすれすれにならぬよう、ガイドレールの間に慎重にフィルムを通し装填。
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On October 6th, 8th and 9th
OLYMPUS PEN-FT, F.Zuiko Auto-S 38mm F1.8 and FUJICOLOR C200,
scanned with OpticFilm 7600i Ai
ケースに仕舞う際にうっかりシャッターボタンを押してしまった無駄コマを除いて、シェイクダウンのPEN-FTに詰めた72枚
撮りフィルムは、おおむね狙いどおりの露出で写ってくれていた…のだが、戦前のバルナックライカによく現れるという
アンダーパーフォレーションならぬオーバーパーフォレションすれすれの位置に、ネガ全体を通じて各コマが露光していた。
上で参照したリンク先のブログでチョートク先生が取り上げているロバートフランク。高三のときに読んだアサヒカメラ増刊
「都市を視る」で初めてその存在を知るや、「へぇーカッコイイ!」と地下鉄丸ノ内線で新宿に飛んで、紀伊国屋書店洋書
売り場で写真集「THE AMERICANS」を買い求めた点では早熟だったずぶんだが、その中にアンダーパーフォレーション
の写真があったかどうかは記憶にない。ライブラリーから掘り出して、もう一度見返してみないと分からない。
閑話休題。
現在使っているフィルムスキャナーOpticFilm 7600i Aiに付属する35mm判フィルム用ホルダーは、ガッチリ位置決めする
ような造りではなく、実際のフィルム幅に対して零コンマ数mm程度の小さな"遊び"がある一方で、6コマ分の長さ方向は
事実上フリーとなっている。そのためスキャンを行う際は、取り込もうとするコマごとにホルダーを机に軽くトントン当てたり
しながらコマの収まりを微調整するのが常であり、そういった手間も含めてフィルムスキャンという作業を楽しんできた。
ところが今回のケースでは、どれだけトントン微調整して取り込んだところで、極端に上に寄ったコマの下に未露光部分が
細くて黒い横帯となって現れるだけ。とはいえ、パーフォレーションをも取り込んで表現しようなどというつもりはハナっから
なかったから、選んだコマの全体像をスキャンすることは諦め、最小限のトリミングに徹して取り込むと割り切ったまで。
「結界」に踏み込む前、父が臨終の前日まで四ヶ月余りを過ごした病室の窓あたりを、強張って痛む頸を堪え見上げた。
診察を終え病院を出ると、外濠沿いの土手に上がって、病室の父が最後に見ていた窓外の光景と同じアングルを探した。
縦桟で仕切られた細長い窓が並ぶ日仏会館の建物と、土手の下を往き過ぎる中央線の音。そのどちらも昔と同じであろう
筈はないが、もうしばらくの間ここに佇んでいたいという気持ちに身を委ねた。幼い頃は怖くて目を背けていた外濠の濃い
緑色をした水面に漣が立つのを、心地よく眺めていた。
牛込橋詰まで戻り、その先の通り沿いに外濠を背にして並ぶお好み焼き屋「れもん亭」か、父の見舞い帰りに母と通った
「天鴻餃子房」でお昼にしよう…と目論んでいたが、何もなくなっていた。店が並んでいた一帯は「石垣修復工事中」と
いう看板の掲げられた白い鋼鉄のフェンスで覆い隠され、その内側でタワークレーンが何やら立ち回っていた。
いかにも松本零士の描く未来都市に建っていそうな日本歯科大学のビルは、昭和四十年代に初めて目にしたときと同じ
ような佇まいでそこにあり、その石垣修復工事の様子の一端を鏡写しにして見せてくれた。幼い日の外濠アレルギーと
セットで記憶され、1969~70年頃に現れた建築物だと思い込んできた結果、その年代に対して強いコントラストを成す
ある種異様な存在感がより印象深く刻まれていたのだが、何と1974年の建築業協会賞を受賞なのだそうだ。
即ち、ずぶんが一旦東京を離れる前年かその前年に初めて相見えたというピンポイントな記憶なんだ、ずぶんの海馬よ。
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新中川を越え、ランドマークの一つ「青塗りの二階家」を通り過ぎ中川荒川放水路も越えていま平井。
きょうは鎮痛剤が効きすぎてアタマボワンボワン状態だが、寄りかかりで立って、デイヴィッド・ボウイと
顔本で飯田橋で降りられるよう正気を保とう。
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15:43
F4.0, 1/60, ISO 400, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 21mm F4 P
日曜夕刻に72枚撮りフイlルムを装填したPEN-FTの試し撮りは順調に進行中。
きょうのリハビリ帰り、病院裏のいつもの幼稚園やクルマドからぱちりぱちり…で、ようやく半分消化。
四十年も前のカメラだから…と気を遣って恐るおそる巻き上げると、シャッターが切れないことがある。スパッと巻こう。
歩きはまあまあでも頭頸肩ごりごり。明朝、飯田橋の病院で受けるセカンドオピニオンは、果たして如何なるものに。
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OLYMPUS PEN-FT, F.Zuiko Auto-S 38mm F1.8, Kenko SKYLIGHT (1B) 43mm filter and OP/TECH USA Envy Strap
(with System Connectors 3/8" Webbing)
22:36 on October 6th
F4.0, 1/20, ISO 800, RICOH GXR with GR LENS A12 50mm F2.5 Macro
前日の末尾に思わず書き走ってしまったように、昨夏初めての胃カメラ、そして今秋二度の大腸カメラ体験を経て、
高千穂光学工業(現オリンパス)製品に対し、初めて身近な(…というか文字どおりカラダの中にソーヌーされ(笑))何か
親近感のようなものを抱き始めた。…それは、旧日本海軍への光学兵器供給元だったことに由来する(ある時期までの)
製品の堅牢さや信頼性や、(ある時期までの)製品が放っていた他社にはない独特な存在感に惹かれて、三十年以上に
わたり主として愛用してきた日本光学工業(現ニコン)製品に寄せる思いとは大きく異なる。
…何というのだろう。前述の体験をしたカラダの内なる声が「高千穂のモノづくりにも触れてみたらどうよ?」…
と、まるで自ら背中を優しく押したような塩梅。…でもって頃合いはちょうど、「有楽町交通会館中古カメラ市」の
千秋楽だった…という次第。
高校の後輩の家で、お父上の所有物だというペンF(F、FT、FVのいずれだったかのは不明)に100mm望遠レンズ
が付いたのを覗かせてもらって驚愕したのが、オリンパスカメラとの初の接近遭遇だった。
だがその頃の僕は、ニコンFEに馴染もう、使いこなそうとする日々だったから、OMシリーズを出してるオリンパス
というメーカーが、十数年前にはこんなケッタイな一眼レフを出していたのか、勉強になったな…程度の受け止め方
だった。
一方ハーフサイズの方は、二年で同じクラスになったT氏が毎日のように学校に持ち込み、授業中(笑)・休み時間・
放課後…と、のべつまくなしに学園生活を撮りまくったリコーオートハーフというカメラ自体に懐かしさを覚えるし
彼が撮って焼いてくれたモノクロプリントが今も手元に数十枚ある。さらに、彼が時折Facebookの同窓会ページに
当時の画像をアップしたり…つまり、元々ハーフサイズ写真には馴染みがあった。それにずぶん、タテ構図好きだし。
にもかかわらず、初めてリコーオトーハーフEに手を出したのは昨夏。だがトイカメラで撮ったようにしか写らない
個体だったのでそれっきり。先月末、四谷荒木町の我楽多屋で手に入れたオートハーフSEでようやく、三十年前に
T氏が「嬉々として記録していた」のを、今になって追体験しているような心持ちでいる。
さて、まるで早春のMATSUYA GINZAの再現のように今回も、Y氏と連れ立って出向いた場でいい出物に巡り会えた。
元より35mm判一眼レフカメラとは比べものにならない小ささだが、実際に手に取ってみると、内部の頑丈かつ精密な
造り込みを窺わせるズシリとした重さに驚く。上カバー両端のアイレットは薄造りだが、エイ文庫に載ってる分解写真
を見た限りでは、本体ダイキャストと一体化して、そこから生えているようだ。そのアイレットには3/8"幅ストラップ
の通る三角環が付いていたため、いつものOP/TECHで報道結びに設えた。肩当て部分は、細身のEnvy Strapが見た目も
掛け心地もちょうど良い具合だが、実際に撮り歩く際は、もう少し幅広のものの方がラクに感じるかも知れない。
交通会館を出た界隈を見渡し、仮にピンポイントに80年代半ばと変わらぬ光景を挙げよ…としたら、唯一の建物かも
知れない有楽町マリオン裏の道を抜け、教会上のお店へ。…早速目を奪われかけた売り物からは何とか目を逸らし、
唯一売られていたフィルムFUJICOLOR C200を津田沼高山写真館価格の¥25増しで入手、中野フジヤカメラ二階に
隣接する店とは全く異質の空気を醸す喫茶ルノアールへ移動。そこで取引やらFTへのフィルム初装填やら撮ったり
撮られたりやら…を繰り広げる、Y氏とずぶんなのだった。
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雨傘に気を取られ
杖を置き忘れてきた
PT後の正しい順序は
NUSTEP→平行棒
最後ストレッチベンチで
丁寧にクールダウンを
左膝ガクブルを避け
NUSTEPの負荷は3
アーム長さ目盛は2で
左肘伸ばすように
毎分20歩未満で
NUSTEP漕ぎましょう
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#あまちゃんでアキが履いてたスニーカーPF-FLYERSのサイトに欲しいモデルが見つかる。でも実際に履いて
みなきゃね…で取扱店リストにあった地元の数店を訪ね歩くも悉く廃業。
最後の店でやや型違い品があるも希望色が無く、色違い品でサイズ確認しお取り寄せ。
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未明のうちに早く目覚めすぎ、JCNダラ見の後「早ごち」前に再放送してる六、七年くらい前の「純情きらり」を
何となく眺めてたら、「#あまちゃん」のヒビキ一郎こと村杉蝉之介が人畜無害で穏和そうな男を演じていた。
芸達者というのか幅が広いというのか。
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拝啓 高千穂光学工業様
お陰様をもちまして、現時点で小生の大腸直腸には差し迫った問題無しと判明しました。誠に
有り難うございます。
ボーマンカンとの格闘も前回より短く済み、すでに峠を越しております。
今後お世話になる際は、またよろしくお願いいたします。
敬具
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16:02
F8.0, 1/870, ISO 200, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 21mm F4 P
16:06
F4.0, 1/540, ISO 200, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 21mm F4 P
16:19
F8.0, 1/217, ISO 200, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 21mm F4 P
17:08
F4.0, 1/1230, ISO 200, RICOH GXR with GXR MOUNT A12 and Voigtländer COLOR-SKOPAR 21mm F4 P
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アクセスログから辿った、誰かによるイメージ検索結果。これまでにも幾度も同じようなキーワードに
よる検索結果のおかげで、僕が見ていた頃の香春岳や僕が目にする以前の採掘中の姿を見つけ出すこと
ができた。
一昨年にはようやく、後藤寺在住当時に入手していた採掘前の山容を捉えた写真に、再び相見えた。
すでにお腹いっぱいと言っていい状態なのだが、それでもまだまだ掘り出し物は見つかる。またしても
有り難いことに鉄道写真愛好家の方のサイトから。
・古いポジデータから~田川線のキューロク - ブルートレイン
香春岳をバックに、補機を従え油須原へ向かう
田川線 崎山~油須原
1973/ 3
MINOLTA SR-T101
MC ROKKOR 200mm F4.5
1/125 F4.5 Kodachrome2
香春岳の南東方向、田川線の油須原(ゆすばる)付近から一ノ岳を捉えた(…というよりも、猛々と煙を吹き
上げながら重連で勾配区間を走るSLの背景に一ノ岳が垣間見える)同時期のモノクロ写真は、以前に他の
サイトでも何度か目にしたことがあるが、今回はまずその鮮明さに目が留まり、次いでキャプションに
書かれた使用機材と感材に惹きつけられた。
父が愛用し、中学生の僕が借用して写真を撮り始めたミノルタSR-T101。だが修学旅行には、露出計なし
のSR-1しか貸してもらえなかった。
父が揃えていた望遠レンズ(100mmと200mm)は全てプリセット絞り、200mmの開放絞り値はF5だった。
コダクローム2…撮影された年と露光データから考えて、コレは25ではなく64だろうか?
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