鮮やかなライトブルーの謎
さらば初代「レインボーカラー」 井の頭線 - asahi.com
3000系がデビューしたのは1962(昭和37)年。東急の7000系、南海の6000系と並ぶオールステンレスカー
の「第1世代」だった。
それまでの井の頭線は「グリーン車」と呼ばれた緑色の電車が主力。東京五輪を2年後に控え、輸送力の増強と
スピードアップが時代の要請となる中、軽くて腐食に強く、銀色に輝く車体は、人々に新時代の到来を印象づけた。
その特徴は、単調になりがちなステンレスカーに変化を持たせるため、先頭車前面の上半分を編成ごとにブルー
グリーン、アイボリーホワイト、サーモンピンクなど7色に塗り分けたこと。「レインボーカラー」は、井の頭線の新しい
イメージを確立。デザイン的にも高く評価され、翌年、鉄道友の会の「ローレル賞」を受賞した。
最盛期には145両が活躍した3000系。が、96年にデビューした1000系への「世代交代」が進み、現在は先頭車
前面がライトブルーの1編成5両が残るのみとなった。
物心ついた僕にとっての電車原体験は、吉祥寺の駅で乗り降りするオレンジの中央線快速・カナリヤイエローの各停と並んで
この銀色の井の頭線だった。運転席の後ろの窓に陣取るという子供の特権をたびたび行使したこと、発車するとすぐ次の駅が
見えたことなどを懐かしく思い出す。
当時はもちろん、その銀色がステンレスゆえであることなんて知らなかったし、先頭車前面の上半分だって、レインボーカラーと
いうその呼び名から連想されるような派手な塗り分けではなく、地味で曖昧な色合いだったように記憶している。…尤もそれは、
後になって色覚にクセがあることが発覚する僕自身が、そもそも微妙な色の差異には無頓着だったせいかもしれないが。
そんな僕の目にも、この記事の写真のライトブルーが充分鮮やかに映るのは、ここ数年、このテの色味に対する僕の関心が
高くなった結果、様々な周辺情報も加味して無意識に感じ方をアジャストしているからなのか、それとも、この先頭車両前面の
色つき上半分(確かFRP製だったはず)が新調されたためなのか、果たしてどっちだろう?…少なくとも、"湘南型"の二枚窓の
カタチと大きさは、昔日のソレとは少々異なっている。…こんなに、クッキリパッチリ目ではなかったと思う。
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