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Nov 11, 2010

全て引用させてもらう

2005年正月の谷津散歩で訪れた「プロ野球発祥の地」にまつわる貴重な研究結果。リンク切れになるのは勿体なくて。

ちばみなと研究所:房総半島を探求する 76年前、ベーブ・ルースが谷津に /千葉 - 毎日jp(毎日新聞)

◇球場熱狂、プロ野球の原点 知られざる歴史伝えるホームランボール
千葉ロッテがパ・リーグ3位から奇跡の快進撃で、ついに両リーグの頂点に立った。研究員も日本シリーズに
興奮した一人である。さて、千葉マリンスタジアムから遠くない習志野市谷津にかつて、野球場があったのを
ご存じだろうか。ただの球場ではない。戦前来日したベーブ・ルース率いる伝説の大リーガーたちがそこで練
習を行い、初めてユニホーム姿を見せた場所だ。でも、なぜルースたちが谷津に?地元でも知る人の多くない
野球秘史を追う。【研究員・荻野公一】

◇来日直後、習志野へ
そこは「谷津球場」と呼ばれていたらしい。塩田だった一帯を京成電鉄が買い、大正末期に遊園地を建設。
これが「谷津遊園」(82年閉園)で、球場はその中にあった。

今は市営バラ園で、影も形もない。バックネットのあった場所には、日本最初の職業チーム巨人軍の発祥の
地とうたう碑があり、外野方向に谷津干潟と高層団地がある。

記録によると、米球界の巨星ベーブ・ルース(1895~1948)ら全米軍の日本到着は1934(昭和9)年
11月2日だ。翌3日に、迎え撃つ全日本軍と谷津球場で合同練習を行った。

彼の姿を目にし、記憶にとどめている人は地元にいないのか……。研究員は足を棒にして、バラ園や京成谷
津駅周辺を歩いた。助けを求め駅前の交番にも飛び込んだが、訪ね当たらない。それでも、習志野市職員、
吉野正則さんの導きで、理髪店を地元で営む黒沢豊さん(66)に会えた。「父は谷津でルースが打ったボー
ルを拾い、本人にサインしてもらったそうです」

◇3000人収容に2万人
谷津球場はその日、興奮のるつぼだったようだ。

球界関係者の回顧録によると全米軍は3両連結の特別列車で到着し、ファンのサイン攻めをかき分けて球
場入り。わずか約1時間の練習だったが、3000人収容のスタンドは2万人を超える観衆であふれたという。

回顧録はこう記す。「フリーバッティングで全米軍は打つわ打つわ、ゴロは地をかみライナーはうなって飛ぶ。
ルース、ゲーリッグ、フォックスなどの巨砲たちはポンポンと神宮球場より広い外野スタンドへ無造作に打ち
込む。ファンは大喜びでポケットに入れ、一個も戻ってこない」

野球好きだった黒沢さんの父三郎さんは、外野方面で見物。場外のアシ原に飛び込んだルースの特大飛球
を拾った。ポケットには入れずベンチに届けたところ、ルースがそのボールにサインしてくれたのだという。三郎さんは
49歳で他界。豊さんは5歳で、父の記憶はない。サインボールは父が生きた証しの品で、家宝となった。

◇サインが消える!
黒沢さんの近所に住む三代川利男さん(75)に、こんな話も聞いた。「そのサインボールでキャッチボールを
したよ」。敗戦翌年、同級生だった豊さんの兄から見せびらかされ、「それでやんべよ」となった。自宅前の国
道14号で40球ほど。下手だったのでボールはコロコロと転がった。

三代川さんだけでなく、野球ファンが「見せて」「触らせて」と自宅に押し寄せ、ルースのサインは少しずつ薄
くなっていった。黒沢さんは88年、ボールを東京ドーム内の野球体育博物館(野球殿堂)に寄贈した。展示
されておらず、頼み込んで見せてもらった。茶色に変色し、「B」の文字がうっすら読める。サインは消え入り
そうだ。

今、オークションに出せば幾らの値がつくか……。研究員はつい、下世話な想像をたくましくする。黒沢さんは
「売りたくはないが、宝物として手元に残しておけばよかったかな」と笑う。

◇京成と読売の間柄
全米軍の谷津訪問の経緯は歴史のかなたにかすみ、正確なところは知りようがない。ただ、当時の京成電
鉄専務・後藤國彦が読売新聞社長・正力松太郎と親密な間柄だったことが作用したようだ。「全米軍の来日
2年前の野球統制令で神宮球場での開催が危ぶまれ、後藤が谷津に球場を作り、正力が初練習でその努
力に報いた」や、「京成電鉄が日米試合で谷津の宣伝をしたいと希望したが、試合日程がすでに固まり、正
力が後藤に初練習で我慢してもらった」など、諸説ある。

練習の翌11月4日に神宮で日米第1戦があり、その後函館や名古屋、甲子園などを転戦。20日の静岡で
は、17歳の沢村栄治(1917~1944)がルースらから9奪三振の好投でファンを沸かせた。

ユニホーム左胸に「AN」(オールニッポン)と縫いつけた全日本軍は、職業チーム巨人軍の出発点となる。
野球の輸入自体は明治初期で、正岡子規も熱中したが、大学野球が人気の中心だった。野球殿堂の新
(あたらし)美和子学芸員は「日米戦の人気が各地で沸騰し、その後プロ野球創設がスムーズに進んだ」と
解説する。

◇興奮は時を超え
つまり、あの日の谷津球場の熱狂こそ、日本のプロ野球の原点だったのだ。

先に紹介した三代川さんはキャッチボールをしたころ、敗戦で野球どころか食事にも事欠いていた。ボール
は布をぐるぐる巻きにしたもので、ゴムが統制品だったため軟式ボールもなかった。ずしりと重いサイン入り
硬式ボールに触れ、「こんなボールあったんだ」と思ったという。全米軍が帰国し、熱狂は戦争でいったん
窒息するが、敗戦後に復活。打ちのめされた人々を元気付けたに違いない。

殿堂に眠るそのサインボールからは、ルースのバットの快音と谷津球場の大歓声が聞こえてきそうだ。
それは今のマリンスタジアムのどよめきと、深いところでつながっているに違いない。

  ◇   ◇

◇参考文献▽東京読売巨人軍「巨人軍50年史」(85年)▽習志野市「習志野市史」(95年)▽オールスポ
ーツ新聞社「巨人軍20年史」(54年)▽鈴木惣太郎「日本プロ野球外史」(ベースボール・マガジン社、76
年)▽特集「日米野球交流史」(同社、04年)
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◇研究所長の感想
今年の千葉野球界は盛り上がった。千葉ロッテが日本一に。夏の甲子園で成田高校がベスト4、社会人の
都市対抗野球でJFE東日本(千葉市)がベスト8に進んだ。でも、「谷津球場」伝説を聞くと、当然のように
も思える。「野球王国」の源泉に触れた気がした。【前田浩智】

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◇ルースは18試合で13本塁打◇
全米軍が来日した1934年はベーブ・ルース(本名=ジョージ・ハーマン ・ルース)の現役最晩年で、ヤンキ
ースのユニホームを着てプレーした最後の年だった。最初は来日を拒否したが、大リーグに詳しい関係者が
理容店で散髪中のルースを「みんなが待っている」と口説き、同意を取り付けた。日本では18試合で13本塁
打を放った。

全米軍の戦績は以下の通り。<1>11月4日神宮17-1<2>5日同5-1<3>7日函館5-2<4>
8日仙台7-0<5>10日神宮10-0<6>11日神宮13-2<7>13日富山14-0<8>17日
神宮15-6<9>18日横浜21-4<10>20日静岡1-0(沢村栄治が好投)<11>22日名古屋
6-5<12>23日同6-2<13>24日甲子園15-3<14>25日同5-1<15>26日小倉8-1
<16>28日京都14-1<17>29日大宮23-5<18>12月1日宇都宮14-5

(<1>は社会人野球チームの「東京倶楽部」で、それ以外は全日本チーム)

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◇設立趣旨
毎日新聞千葉支局に 設立された仮想シンクタンク「ちばみなと研究所」は、県内の毎日記者が研究員を兼
ね、房総半島の謎や不思議に迫ります。想像力が時にとっぴな結論を導くとしてもどうかご容赦を。テーマ提
案や情報提供も歓迎します。あて先は〒260-0026千葉市中央区千葉港7の3毎日新聞千葉支局内「ち
ばみなと研究所」。電子メールはchiba@mainichi.co.jp

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