やりにくい
ITmedia +D LifeStyle:小寺信良:ネットから長文が消えたいくつかの理由 (3/3)
過去、紙とペンで文章を記していたときは、頭の中で文章をひねって一発勝負で書いて
いたように思われているかもしれない。だが実際にはレポートでも手紙でも、下書きな
どして文章を推敲したのち本番に挑むというのが普通であったことを、もはや多くの人
が忘れつつある。
ブログなどに文章を綴る際、パソコンの能力的には下書きの紙も無駄にならず、文の入
れ替えや一括置き換えなども簡単にできるはずだ。ただ文を推敲するための仕組みが、
絶望的にまでうまくできていない。
ブログやSNSの文章入力システムが変わるだけで、ネットには多くの論客が生まれる
のではないかと思う。ネットの意見は最近ようやく重視されるようにはなってきたが、ま
だまだ多数決というか、その頭数でしか影響力を持たないのが実情である。ネット生ま
れの意見が世の中を変えていくためには、まずそういうところからの変革が必要なので
はないか。
小寺さん、云ってることいつもカッコよくて、スジも通ってるから大好きなんだけれど
きょう僕はauケータイを家に置き忘れてきて、このBlogのテキストを書くのにとても
難儀しています。…なんでだろう?(笑)
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Comments
僕は逆に、この筆者のように事象をハード的な仕組みのせいにしてカテゴライズしようとするのが好きじゃなかったりする。まぁ、かような「ブレ」もひとつの振幅として世の意識のベクトルは向かうべき方向に向かうのだろうけれど。
インターネットに於けるblogの言語別の割合って日本語がかなり多いらしいね。英語圏に対しての日本語の人口割合を考えたら驚異的だとも。つまり国民性としては文章自体(と言っていいのか?)は嫌いじゃないんだろう。文章が氾濫したので「別に今更オレが何を書いたって…」とイジケた=力作(笑)が減ったんじゃないかなぁ。つまり長文が減ったのは全体の文字数が増えたからだけだと思う。
Posted by: 柳 暖簾 | Dec 18, 2007 14:08
…長文どうもありがとう(笑)
ソレも面白い説ですね。誰もが「全世界に向かって表現できる」時代になってるわけですからね。
…って、かく言う僕だってその尻馬に乗ったクチですがw
Posted by: USHIO | Dec 18, 2007 21:09