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Oct 16, 2007

あす訊くべきこと伝えたいこと

・装具履きの身から文字どおり足を洗って以来十ヶ月の来し方に、何か問題はないか?
・上手に歩けるように…さらに"その先"を目指せるようになるため、もっと有効なテはないものか?

装具を外して歩き始めた頃の自由な感覚はいつしか薄れ、足取り重くぎこちなく感じる日々を暮らしている。
見ても触っても動かしても判るとおり、コレは明らかに筋肉が脆弱になったためであり、鍛え直したい。
とりあえず、左足をイジメ直すことから手をつけている…が、ソレは五年半前に釘を刺された"キックバック"を
呼び覚ますことに繋がりはしないか。

本音を云えば、"入隊"してみたい(爆)尤も、とてもじゃないが今はまだ到底ムリなことは重々承知の助。
でも、一年前にヘコまされたときみたいに「四十過ぎて飛んだり跳ねたりする人なんていないよ」だなんて
言わないで欲しい。どうかお願い。

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心と体」カテゴリの記事

Comments

umさんがお世話になってる医者を悪く言うのは気が引けるが、
やる気を出してる者の気を削ぐのはどういうつもりか。

そのセンセイと一緒に頑張れるか・・・。

リハから診てもらえる、通院可能な所在地の、しかもマトモな医者を探すなんて
今からじゃ簡単じゃ無いでしょうが。

どうか下らないヤツに惑わされないで。

Posted by: x046 | Oct 18, 2007 at 00:16

シンパシーとても有り難く。

…まぁ確かに、一年前はヘコまされましたが、ソレは僕が一方的にヘコんでしまった…とも言えるワケで、
ソレも伏線となって装具を脱ぎ捨てることに繋がったと思ってます。ですから主治医に感謝こそすれ、恨む
気持ちは毛頭ありません。

「いい医者ほど口が悪い」というのが、僕にとっての経験則。
それに、きのうは上手くコミュニケーションが取れましたし(笑)

「リハビリ」とは単なるフィジカルな機能回復だけではなく、言葉本来の意味するところはもっと広くて
"生活適応"みたいな…つまり、「トータルな意味でフツーに生活してゆく」ということを指す…と何かで
読んだことがあります。その定義を都合よく我が身に当てはめ暮らしているつもりです。その暮らしの中で
上手に歩き、柔軟な身のこなしができるように、そうなるために稽古する時間を作り出さないといけない。
だから僕は、早起きして慌てず身支度し、ゆっくり歩いて早い電車に乗り、ゆっくり歩いて会社へ向かいます。
コレって、何とかしてプールへ行く時間を作ってるx046さんの暮らしと、どこか似ていませんか?

Posted by: USHIO | Oct 18, 2007 at 12:56

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左足は自分で思っているほど脆弱ではなく、ちゃんと筋肉はついている。負担の掛かって [Read More]

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