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Feb 26, 2007

松戸にて

昨夕、独り暮らし二晩目の母を慮って泊まりに来た。病院からウチへ送った荷物を届ける
目的もあった。

出発間際、ナビの目的地を親のマンションそばのコインパーキングに設定しかけ思い直す。
元々車検のため金曜に引き取り予定だった父のクルマを、急遽、その目的を廃車に変えて
持ってってもらったから、ガレージが空いていたのだ。

出発し、市川リハビリ病院前を経由して坂を上り、梨畑の中を抜ける。
僕が入院していた五年前の春、父と母が通い続けてくれたルートを逆に辿る。
父が気に入って十三年間乗り続けた、あのインディゴブルーのクルマのいないガレージに
初めて僕のクルマを乗り入れる。

きょうの昼下がり、父が好きだった稔台の松月庵へ母を連れてゆく。
僕にとっては、退院後の街歩きも覚束なかった療養期間中に連れてこられて以来だった。
母は母の、僕は僕の想いで、胸と腹がいっぱいになる。
夕焼けの中、ちょっと離れた本屋まで出かける。相変わらず優しくない路肩の溝をかわし
荒れた歩道を踏み越え、黙々と歩く。
…装具の上にリハビリシューズを履き、杖を突いて難儀しながら歩く練習をした、あまり
思い出したくないこの街での日々のことを、初めて、有難く、愛おしく想った。

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Comments

昨日、義父が他界しました。孫の初のお遊戯会に東京に出てくる予定の前日、「飲んだら死ぬぞ」といわれていた酒に手を出し、脳内出血と肝機能障害で倒れ、そのまま10日間。意識を取り戻さないまま昨日の朝、事切れました。様態急変の連絡を受け、子供と嫁さんを車に乗せ、茨城まで駆けつけました。先生は娘が到着するまで、心臓マッサージでなんとか命をつないでいてくれてました。不器用な人でした。 スイマセン。こんな事書いてどうすんの?なんですが・・・お父様のご冥福をお祈りいたします。

Posted by: kira | Feb 27, 2007 at 12:34

心からお悔やみ申し上げます。そんな大変な最中に、僕のことにもお心配りいただいていたとは…。

Posted by: USHIO | Feb 27, 2007 at 22:44

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