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May 19, 2006

青ガエルとマッコウクジラと

今まで東急沿線に暮らしたことはないが、乗る機会は比較的多かったと思う。
子供の頃初めて乗ったときの記憶に登場するのが、この青ガエルだ。
当時暮らしていた三鷹でお馴染みの電車といえば、吉祥寺で乗り降りする"国電"中央線の
オレンジかカナリアイエロー
、又は京王井の頭線の(当時そんなことは知らなかったが
ステンレス地の)銀色のヤツ
だった。
その井の頭線と似た顔つきの二枚窓(やはり当時そんな呼び名は知らなかった湘南型)で
全く色違いの全身緑ずくめの電車に乗ったことが、幼い記憶に強く残った理由ではないか。
断片的な沿線風景と「目黒のおばさん家」というキーワードと、掘割のような山手線目黒駅
のホームに立った印象を繋ぎ合わせると、東横線ではなく目蒲線(現在の目黒線)だったと
思う。

大手鉄道会社で一線から退いた車両が払い下げられ、全国各地で余生を送るケースは多い。
だが、塗り替えられるどころか広告で埋め尽くされることもなく、"そのまんま"で走っている
というのは珍しいんじゃないだろうか。これならば、"異境の地"でばったり出逢ったときに湧き
上がる懐かしさも際立って一入だろうと思う。

松本から安房峠へ向かう野麦街道で、トタン板のような車体側面の襞襞に無理やりペンキを
塗り込められ、艶消し厚化粧に仕立てられた電車が道沿いを往くのが視界に入り、不審に
思ったことがある。…何度も何度も往き過ぎるのを目にするうち、ようやく、あの井の頭線の
ステンレス電車だったと判り、甚だしく幻滅したw

磯牡蠣を食した昨夏銚子の郊外で、踏切り待ちの目の前を過ぎった垢抜けない三色塗りの
一両編成が戴くパンタグラフが、いかにもとってつけたようで気になった。よくよく目を凝らすと
中野新橋時代の生命線、丸ノ内線方南町支線で乗り慣れた元銀座線車両だった。
このときの不思議な脱力感は、今でも忘れられないw

この青ガエルも、鄙びた装いに塗り替えられ、湯田中温泉へ向かう果てしない田園風景に
何とか染まりながら走るのを見たことがある。一方、同じ風景の中で出逢った元日比谷線の
マッコウクジラ
、赤帯一本巻いただけのほぼすっぴんだったが、周囲から妙に浮いていた。
ところが地下区間ではやはり面目躍如なのだった。

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