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Dec 31, 2004

ふと気になり辿った原風景

"I know"に無料のアンテナを作ったとき、色々と設定を試した挙げ句いくつかのデザインの
中からコレを選んだ。
五月蝿くなくて見易かったからということもあるが、バナーの真ん中辺りで下から顔を覗かせ、
それがあることで背景が"青空"であることを印象づけている、庇か何かの"三角形"が目に
留まったからだ。

たまたまコレを見つけて、「ある"効果"を狙えないだろうか」と思いついたのだ。

それはつまり、このブログ本体バナーの背景写真との"相似"である。…もちろん、言うまでもなく
厳密な意味での"相似形"ではない。「"三角形"が屹立している絵面的に"相似"に見えないか♪」
と感じて、そこに都合よく、ブログ本体からの"繋がり"をこじつけてみようとした、といったところだろうか…

こんな、人様には解りにくい、私的な"拘泥"についてのタネ明かしなど元々するつもりはなかった。
そっと胸にしまっておこうと思っていた(笑)
#そもそも客観的に見れば、独りよがりな"ムリのある"思い込みだろう。

…ところがある日、ふと「どうして"そこ"に引っかかったんだろう…?」と気になりだした。気になりだして、
考え、記憶を紐解き、ググりまくった。
そうしてようやく"原風景"に辿りつくまでの、長い長い道程^H^H拙文を、こうして綴っているのである(笑)

実は、このバナー写真、さらにタネを明かせばセルフ二番煎じなのだ。

僕には、スキーそのものに対する思い入れはそれほどないし、ザウスに滑りに行ったこともない。
京葉線に乗ったりバイクやクルマで湾岸道路を走ったりして、その前にさしかかった際に決まって
見上げる、"ランドマーク"に過ぎなかった。
そこから、つまり"正面"から見上げるザウスは、巨大なスタジアムを間近に望むのと同じで、その
"カタチ"を意識させるものではなかった。

しかし、津田沼に住み始めた二年前の秋、南西の方角に"三角形"が屹立しているのに初めて
気づいたとき、新鮮に感じると同時に、いたく気に入った。理由はわからないが、陶然となった…
つまり、萌えた(笑)

冬になり、一気に数キロ歩き回ることも苦でなくなってくると、谷津干潟まで初めて出かけてみた。
紆余曲折を経た後、辛うじて命脈を保つことになった自然海面が、東西1km×南北400mほどの、
あられもなく切り取られた箱庭的自然であることを改めて知っても、全く幻滅などしなかった。
肩肘張らずに拡がっている風景が、愛おしいとさえ感じた。

首を大きく左右に振らずに東西1kmを見渡すことはできず、目の前を見ている限りでは、幅400mの
河べりに立っている錯覚に陥る。
そして向こう岸に見えるのは、湾岸道路と京葉線と巨大な"三角形"。そのコントラストが素敵だった。

初めて"三角形"に見えたちょうどその頃、ザウスは閉鎖されたのだと知り、その後も、胸騒ぎを覚え
ながら何度か通っては眺めた。そして、初めて訪れてから一年後の姿を、写真に捉えることになる…。

…それにしても、どうして引っかかったのだろう?屹立する三角形…、それも横長で左右非対称の
まるで直角三角定規のような…、何だか懐かしい…気がする…がそれはなぜなのか?…どこかで、
毎日……それを眺めていたことがあった…とすれば………………………!
"ボタ山"だ。田川の、後藤寺小学校から見えていた、あのボタ山…

そうして記憶は、三十年前まで遡る。四年生の春から六年生の夏までを過ごした、福岡県は筑豊
地方の旧炭鉱町、田川市
後藤寺…
当時は屋根なしだった上本町商店街…植木屋のおいちゃん、模型屋の、今ならアキバに大勢歩いて
そうだったおにいちゃん、肉屋の娘竹本さんとは田川弁でよく口ゲンカした(笑)…銀天街にも同級生の
家でやってる店が何軒も…呉服屋の吉田くん、カネヒラヤの名前忘れたくん、近藤書店の近藤さん、
ひつじ屋の名前忘れたくん、カメラ屋の古賀くん…

…あぁ、こっちには改築前の駅も載っている。東京から引っ越してきて初めて降り立ったのは、確かに
こんなホームだった。
ここから初めて、あのボタ山を目にして、「射抜かれて」しまったのではなかったろうか…

…ググりはじめると、炭鉱とセットで鉄道網が発達した後藤寺界隈が鉄道ファンにとって"エポック
メイキング"かつ"アイキャッチング"な地であったことを窺わせるヒットが相次いだ。
…そして、ある写真紀行家のサイトからついに!

「17時29分 貨5597 到着」に写っていて「夕陽が当たって美しい稜線を見せている」と書かれて
いるボタ山だ。初めて見たときには、撮影地点の橋上よりもやや南に離れた、駅のホームから見上げる
位置関係になったはずだが、間違いなくこのボタ山だ。

もちろん僕はSLは見ていない。だが、僕が移り住む一年足らず前まではこうだったというのは初めて
知った。モノクロ写真が与える印象もあるが、昭和49(1974)年というのは、そんなに"大昔"なのか、と
しばし愕然(笑)
ソレは認めざるを得ないとして、この写真に写ったボタ山そのものの姿は、その翌年初めて見たときと
ほとんど変わらないものであろう。

今見ると「美しい」と思うが、最初はどう感じただろう。何とも形容しがたい印象だったことは憶えている。
青みがかった灰褐色の山肌、そしてそこに無数に刻まれた筋が織りなす表情には、むしろ「禍々しさ」
のようなものを覚えた気がする。しかし「嫌い」になるどころか、逆に「惹かれた」。

ほぼ同様の構図のカラー写真がこれだ。このテのディーゼルカーが走る風景なら馴染みがある。
ところが、これが撮影された昭和57(1982)年は、僕が後藤寺を離れてわずか五年後だ。
にもかかわらず、ボタ山の浸食の進み具合は思いのほか激しい。ボタ(別名を"ガラ"、石炭カス)を
ただ単に積み上げただけの山ゆえの宿命なのだが、何だか「見なければよかった」と思わせる
痛々しさを感じてしまう。
ただし、最初のモノクロ写真よりも若干左手から撮影されているため、毎日小学校から眺めた姿に
少し似て見える。痛々しさと懐かしさの痛み分けか。

再びSLの走る昭和49年に戻り、山のさらに左手に回り込んで寄ってみるとこう見える。
この界隈に住んでいた友達の家に遊びに行ったとき、この角度から眺めた記憶がある。…というか、
そんなことも三十年ぶりに思い出した。

さらに、このボタ山に登ったことも思い出した。クラスメート数名と探検したのである。
この山に惹かれた転校生の僕が言い出したからか、それとも仲間内のハナシの流れでそうなった
のか、そこまでは思い出せない。
…山肌に刻まれた筋の一つにとりついてみると、意外に低いと思った。脆くも崩れゆく足元に難儀
しながら頂上を目指し始めたが、足を捕られてたちまち道を逸れ、やがて途中の尾根を越えて山の
向こう側に出ると…そこには、ただならぬ光景が拡がっていた。
膨大なゴミの山、今で言うなら産廃の墓場、その奥には、まだ住む人もいるがほぼ廃墟になりかけた
炭住(炭鉱労働者住宅)群が…

翌日、どこから知れたか、全員揃って担任教師から烈火のごとく叱られた。
まかり間違えば命を落としかねない暴挙だったと。かつて、ボタの中から火が点きそうな石炭もどきを
探し歩く"落穂拾い"に勤しんだ挙げ句、滑落したり生き埋めになったりした人が筑豊各地で相次いだ
ことを教えられた。
山の向こう側で感じた衝撃も相まって、以後は"眺めるだけの山"となった。

位置関係から見て馴染んだ姿により近いのがコレだ。右端が欠けてはいるが、コレがお気に入りの
"屹立する三角形"である。
このボタ山、他にも多数あった山と同様、現在では跡形もなく削り取られている。
…ザウスと同じく失われた風景だ。

さらに、この"屹立する三角形"左側の遠景に立つ、富士山のような形に見える山に目が留まった。
…そして浮き足立った。これは、後藤寺にて心を射抜かれたもう一つの忘れえぬランドマーク、
"香春岳"(かわらだけ)の"二ノ岳"である。

前述の写真と位置や方角は違うが、昭和40年代の香春岳の全貌が写っている。
向かって右(南)から一ノ岳、二ノ岳、三ノ岳と呼ばれる。初めて目にした頃の山容とさほど違わない。
そして、これと同じ地点から撮られたと思われる昭和57年の一ノ岳。
前述の浸食が進んだ痛々しいボタ山も載っているが、香春岳の方にも明らかな変化が認められる。

その翌年「市制40周年記念炭坑節総踊り」の遠景に、見慣れた方角から望む、一ノ岳、二ノ岳、三ノ岳
が重なった香春岳の山容が写っている。

やはり見慣れた頃とは姿が変わってしまっていることは遠目にも分かる。

そうして香春岳が変わってゆくことは、住んでいる頃から知っていた。

この異形の山を初めて見たとき、一ノ岳の平らな頂付近が三つ爪のように白く輝いているのを、"積雪"
だろうかと勘違いしかけた。ほどなく、それは削られた石灰石の岩肌であることを知った。
また、そのほとんどが石灰石から成るこの山をまるごと買い取った鉱山会社の採掘によって、それまで
数十年かけて、この山は姿かたちを変えてきたこと、そして数十年後には姿を消してしまう運命である
ことも知らされた。

まだそんな言葉は知らなかったはずだが、今眺めている姿は"一期一会"なのだということが、子供心
にも理解できたように思う。
そのことにも触発されたかもしれないが、何より、三位一体で盛り上がった山容そのものに、またしても
惹かれた。そして、またしても登った。

…といっても、今度はモグリでも暴挙でもなく、父の知り合いから鉱山会社に話を通した上で"見学"と
して、クルマで連れて行ってもらったのだ。

九十九折りを上るクルマの後ろにずっと、"白い煙"がたなびいていたこと、山頂の石切り場はあたり
一面眩しく輝き、"白い煙"で霞んでいたこと、すぐ隣にそびえるニノ岳の首から上を不思議な気持ちで
眺めたこと、後藤寺の町が遥か遠くに小さく見えたこと、残念ながら、断片的なビジュアルでしか記憶に
残っていない。やはり"足で稼いだ体験"との違いだろうか(苦笑)

竪坑の向こうに昭和20年代の一ノ岳を望む。運動会などでよく踊った正調炭坑節の唄い出し
とは"テレコ"な構図である。
五木寛之が初めて目にしたときの姿は、これに近かったのかもしれない。
少年時代の山下洋輔が見ていたのもこんな香春岳だったのだろうか。
当時、家のすぐそばの高校が井上陽水の母校であることは知っていたが、
山下洋輔は"先輩"だったのか(笑)

後年の見る影もなくなりつつある姿である。白い三つ爪のうち長かった二本が、辛うじて形を
留めているようだ。
今年の秋に撮られた写真にはさらに低くなった一ノ岳が写っている。
これはこれで何か新鮮に感じられるが、山下先輩も書いているようにもはや一ノ岳は"山"には
見えない。真正面の方角から間近に見るとまだしも存在感があるが…。

さてさて、かなり遠方の、そして大昔の原風景まで辿った挙げ句、ようやく現代まで戻ってきたが、
"屹立する三角形"にさらに"セメント工場"というキーワードが加わると、まだまだ昔に遡れる気も
してきた。しかしここで一旦筆を置き、それはまた気が向いたら別稿に譲ることとする(苦笑)

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